再結成

その後1994年に第1期最終メンバーによってバンドが再結成され、4曲の新曲とライブ収録曲を併収した変則アルバムを1枚発表し、これ以後世界規模でのツアーを繰り返し展開しており、この1994年以降をここではバンド活動の第2期とする。2004年から2005年にかけては、「Farewell I Tour」(第一回さよならツアー)と題されたツアーが行われたが、「さよなら」というのはジョークであり、その後も米国内外で公演が行われている。このツアーでも相変わらずの高い人気ぶりを見せつけ、各地のコンサートは大成功に終わり、収益面でも年間ランキングに顔を出すほどであった。

終焉へ

そして、『ロング・ラン』においては、ハードロック、バラードさらにディスコ・チューンにまで多様な音楽性に挑戦するが、製作ヴィジョンがあいまいで展開するサウンドにもっぱら主張や一貫性はないなどと批判され、その焦点を失ってバンド活動そのものの終焉を予感されるものとなり、事実この後バンドは活動を停止するに至った。

新参者

1976年に発売されたベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』は、全米だけでも2,900万枚以上の売り上げを記録して全米歴代で最も売れたアルバムとして君臨し、プラチナ・ディスク認定第1号ともなった記念碑的作品となるなど、バンドの確固たる地位を築いた。

次いで同年発表され、彼らのアルバムのうち代表作とされている『ホテル・カリフォルニア』(1976年)においては、当時のロック界ひいては都市社会の矛盾を揶揄したかのような歌詞と13本ものギターを重ねた完璧なサウンド・ワークによって、1970年代のアメリカン・ロックを代表する曲のひとつとなったタイトル曲「ホテル・カリフォルニア」、かつての勢いを失いつつあったウェストコースト・ロックの凋落を皮肉るように、田舎町にやって来た新参者へ向けられた地元民の一時的な強い好奇心と彼が飽きられていく様を唱った「ニュー・キッド・イン・タウン」、エゴ社会に警鐘を鳴らすかのように、好き勝手にふるまう無頼者が実は虚勢に満ちており内面に苦悩を持つことを言外ににじませた「駆け足の人生」など、単に人間の性(さが)や振る舞いを唱っているように見えながらも暗に根深い社会問題を提起するような深みのある歌詞を、角度を替えた音響アレンジに乗せて展開した曲にちりばめてバンドとしての頂点を醸成し、全世界的な大セールスを記録してバンドを押しも押されもせぬアメリカン・ロックの代表格にまで押し上げた。 その後、ランディ・マイズナーが脱退し、替わるメンバーとして元ポコ(Poco )に(やはりランディ・マイズナーの後継として)在籍していたティモシー・シュミットが加入することとなる。

過渡期

3枚目の『オン・ザ・ボーダー』においては、2曲を収録したところでプロデューサーがハードロック志向の強いビル・シムジク に替わり、またフロリダ出身のギタリスト、元フロウ(Flow )のメンバーであったドン・フェルダーが収録曲中2曲において参加しており、よりハードロック的色彩を強めることとなった。

続く4枚目の『呪われた夜』においては、いまだカントリー色の濃い楽曲も見られるものの、リード・ギタリストは完全にドン・フェルダーに代替わったような印象をもたらした。事実1975年12月にはリードンの脱退を見るに至り、退団したリードンに替わるメンバーとして元ジェイムズ・ギャングのメンバーであったジョー・ウォルシュを迎えて一気にハードロック色を強める結果となった。

ならず者

メンバーのグレン・フライが当時同一のアパートに居住していたシンガー・ソングライターのジャクソン・ブラウンと共作した「テイク・イット・イージーがシングルヒットした。以後この曲はバンドのコンサートのオープニングとなっている。

2枚目のアルバム『ならず者』はコンセプトアルバムで、基本的にはファーストアルバムと同様のサウンド構成にとどまり、バーニー・リードン色が強いブルーグラス的な楽曲と、ハード・ロック曲が共存しているものの、その音楽的成熟度としては格段の向上を見せた。タイトル曲の哀愁を帯びたバラード「ならず者」は、後にリンダ・ロンシュタットやカーペンターズから近年の平井堅に至るまで数多くのアーティストたちにカバーされるスタンダード・ナンバーとなっている。

プロデューサーは・・・

プロデューサーはグリン・ジョンズで、すでにローリング・ストーンズの『ベガーズ・バンケット』やレッド・ツェッペリンのデビュー作など、ロック指向の強い多くの作品にエンジニアとして関わっていた経験を持つベテランだったが、同作のレコーディング時にはイーグルスをバラード・グループと見なして「君たちはロックンロールに向いていない」などと発言し、しばしば衝突を繰り返したとされる。そのようなプロダクションの制限で、バンドはハードロック的要素を出し控えていたという説もある。

もっぱらカントリー・ロック

デビュー当初は、もっぱらカントリー・ロックのイメージが強く、ファーストアルバム『イーグルス・ファースト』に見られるようにバーニー・リードンが演奏するバンジョー、ペダル・スティール・ギター、マンドリンのサウンドがバンドのイメージを決定づけていた。ただ、このころから既に「魔女のささやき」「トライイン」といったハードロック的要素をもった楽曲を示すなど、単なるカントリーロックにとどまることのない成長性を予感させていた。

きっかけは

イーグルスが結成されたきっかけは、1971年にリンダ・ロンシュタットのバンド Linda Ronstadt & Her Bandのためにミュージシャンが集められたことだった。これにグレン・フライ、ドン・ヘンリー、ランディー・マイズナー、バーニー・リードンの4名が顔をあわせ、彼らは独立して1971年8月にバンドを結成することを思いつく。ロンシュタットが所属していたアサイラム・レコード(拠点・ロサンゼルス)からデビューした。