イーグルスが結成されたきっかけは、1971年にリンダ・ロンシュタットのバンド Linda Ronstadt & Her Bandのためにミュージシャンが集められたことだった。これにグレン・フライ、ドン・ヘンリー、ランディー・マイズナー、バーニー・リードンの4名が顔をあわせ、彼らは独立して1971年8月にバンドを結成することを思いつく。ロンシュタットが所属していたアサイラム・レコード(拠点・ロサンゼルス)からデビューした。
デビュー当初は、もっぱらカントリー・ロックのイメージが強く、ファーストアルバム『イーグルス・ファースト』に見られるようにバーニー・リードンが演奏するバンジョー、ペダル・スティール・ギター、マンドリンのサウンドがバンドのイメージを決定づけていた。ただ、このころから既に「魔女のささやき」「トライイン」といったハードロック的要素をもった楽曲を示すなど、単なるカントリーロックにとどまることのない成長性を予感させていた。
プロデューサーはグリン・ジョンズで、すでにローリング・ストーンズの『ベガーズ・バンケット』やレッド・ツェッペリンのデビュー作など、ロック指向の強い多くの作品にエンジニアとして関わっていた経験を持つベテランだったが、同作のレコーディング時にはイーグルスをバラード・グループと見なして「君たちはロックンロールに向いていない」などと発言し、しばしば衝突を繰り返したとされる。そのようなプロダクションの制限で、バンドはハードロック的要素を出し控えていたという説もある。
メンバーのグレン・フライが当時同一のアパートに居住していたシンガー・ソングライターのジャクソン・ブラウンと共作した「テイク・イット・イージーがシングルヒットした。以後この曲はバンドのコンサートのオープニングとなっている。
2枚目のアルバム『ならず者』はコンセプトアルバムで、基本的にはファーストアルバムと同様のサウンド構成にとどまり、バーニー・リードン色が強いブルーグラス的な楽曲と、ハード・ロック曲が共存しているものの、その音楽的成熟度としては格段の向上を見せた。タイトル曲の哀愁を帯びたバラード「ならず者」は、後にリンダ・ロンシュタットやカーペンターズから近年の平井堅に至るまで数多くのアーティストたちにカバーされるスタンダード・ナンバーとなっている。
3枚目の『オン・ザ・ボーダー』においては、2曲を収録したところでプロデューサーがハードロック志向の強いビル・シムジク に替わり、またフロリダ出身のギタリスト、元フロウ(Flow )のメンバーであったドン・フェルダーが収録曲中2曲において参加しており、よりハードロック的色彩を強めることとなった。
続く4枚目の『呪われた夜』においては、いまだカントリー色の濃い楽曲も見られるものの、リード・ギタリストは完全にドン・フェルダーに代替わったような印象をもたらした。事実1975年12月にはリードンの脱退を見るに至り、退団したリードンに替わるメンバーとして元ジェイムズ・ギャングのメンバーであったジョー・ウォルシュを迎えて一気にハードロック色を強める結果となった。
1976年に発売されたベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』は、アメリカだけでも2,900万枚以上の売り上げを記録!
そして全米歴代で一番売れたアルバムなんだよー。
プラチナ・ディスク認定第1号にもなった記念碑的作品となるなど、バンドの確固たる地位を築いたんだよ。すごいバンドなのだ。
単に人間の性(さが)や振る舞いを唱っているように見えるけれど・・・暗に根深い社会問題を提起するような深みのある歌詞を、角度を替えた音響アレンジに乗せて展開した曲にちりばめているんだな~。もう、言う事なしのバンド。
全世界的な大セールスを記録して、アメリカン・ロックの代表格にまで上り詰めたよ。
その後、ランディ・マイズナーが脱退して、新しいメンバーに元ポコ(Poco )に在籍していたティモシー・シュミットが加わりま~~す!
それでね、『ロング・ラン』においては、ハードロック、バラードさらにディスコ・チューンにまでさまざまな音楽性にチャレンジするけど・・・・。
製作の構想が曖昧で繰り広げられるサウンドにただただ主張や一貫性はない等と批判されて、その重要な点を失ってバンド活動そのものの最後を予感されるものとなったんだけど、本当にこの後バンドは活動を止めることになっちゃったんだよね・・。
それ以降1994年に第1期最後のメンバーによってバンドが再結成されて、4曲の新曲とライブ収録曲を併せて収録した変則アルバムを1枚公表したよ。
これ以後世界規模でのツアーを立て続けにやっており、この1994年以降をここではバンド活動の第2期にするよ!!
2004年から2005年にかけては、「Farewell I Tour」(第一回さよならツアー)と表題されたツアーが実施されたが、「さよなら」というのはジョークだったんだよね~。
その後も米国内外で公演をやっているよ。
このツアーでも相変わらずの大人気ぶりを見せつけ、各地のコンサートは大成功に!
利益の面でも年間ランキングに載ったりしたんだよー。素晴らしい!
2000年に、ドン・フェルダーが「バンドに対して貢献していない」という理由によって突然解雇されるんだけど・・・。
これってリストラ・・・?

もちろんドンはこれを不服として、解雇取り下げを求める訴訟をバンド側にしたんだけれど、2009年の今でもまだ解決していないんだよね・・・。
もう、戻してあげてもいいんじゃないかなぁ・・。
うーん・・・。